杉山 正 - Claude Gordon

A Lesson With Herbert L. Clarke

                           by Claude Gordon           

Claude Gordonワークショップでゴードンから手渡された記事を和訳しました。

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私が初めてクラークのレッスンを受けたのは19歳の時でした。実際にコルネットを吹き始めたのは5歳の時でしたが...。私の父はスーザ時代にいくつかのバンドでソリストを務めた優秀なクラリネット奏者、母はコンサートピアニストでした。両親は私にコルネットをプレゼントしてくれ、父は私に持ち方や、「大きく息を吸ってそして吹くんだ」と言いながら吹き方を教えてくれました。また指使いや五線の読み方も教えてくれました。その日から毎日毎日、私は一日中アーバンを練習することになりました。
ー面白いことに私は後にクラウドが父親から言われていたこの言葉"Take a big breath and blow!"を何度も聞くことになりました



私は8歳からプロとして活動していました。私の兄弟姉妹達はみんな楽器を演奏しましたから、家族でバンドを組んでホテルやラジオ局で演奏しました。当時私は若いプレーヤーとしては結構上手く演奏出来ていて、low F#からhigh Cの上のFまでの音域を難なく吹くことが出来ました。奏法のことも何もかも心配せずに吹けていたことが、今振り返ってみるとよかったと思っています。その頃はただただ練習して聴衆の前で演奏するのが待ち遠しかったものです。
13歳になると毎週水曜日の夜にピアノ伴奏に合わせてコルネットを演奏するという15分間のラジオのショー番組を持っていました。ここまでは履歴としてはけっして完全ではありません。ただその頃の私は『演奏において何の問題も心配もなかった』と言うことを言いたかったのです。いつも練習していた通りすべてがうまく行っていました。この良い状態は、プレイヤーとして成功するには先生に習わなくてはいけない、と決心するまで続きました。そしてこの決心がすべてを変えてしまったのです。これは思いもよらないことでした。
私は今まで聞いたこともないような事柄を教えられたのです。「顎を突き出しなさい」「お腹を突き出しなさい」「横隔膜を使って吹きなさい」などなど、果てしない理論が続きました。私は今まで味わったこともない不安でいっぱいになり、もはやハイFも出なくなってしまいました。私はしきりに鏡を覗き込むようになり(何のために? 答えは見つからないのに、、)あげくの果てに上手なプレーヤーを探し出しては質問攻めにするという大きな過ちを繰り返してしまうことになりました。そのためにこれまでずっと夢見てきた”プレーヤーとして成功する”可能性は消え、楽しみであるはずの演奏は苦痛に変わり、混乱の日々を何年も過ごすことになりました。決して存在しない魔法のマウスピースを探し求めるようにもなりました。10年以上もの間プロとしては不十分な状態となり挫折を味わいました。18歳になるのに8歳の時と同じようには演奏できなくなってしまったのです。
そんな私に父はハーバート・クラークの素晴らしい話をしてくれました。何度も何度もクラークのレコードを聴いているうちに私は生まれ故郷のミネソタを離れ、カリフォルニアのロングビーチに住んでいたクラークを訪ねる決心をしました。もし彼が私を助けることが出来なかったら、私はいったいなんのために行ったんだろう、、、
当時は不況のまっただ中でカリフォルニアまで旅することは本当に過酷なことでした。

Clarke_house.jpg2005年に訪れたクラークの家。すでにクラークの末裔はいなく、まったく縁のない人が住んでいました。ロングビーチに着いて、私はまっすぐに彼の家に向かい玄関のベルを押しました。(なんというスリル!あの偉大なクラークと話す時が来たんだ) 私を迎えてくれたクラークは、今まで私が会ったプレーヤー達とは全く違いました。彼の親切さと温和さ、そして私に関心を持ってくれたことに畏敬の念を覚えたほどでした。
彼は私にいくつか質問をして私たちはしばらく話をしましたが、この時の会話は考えられないほど素晴らしいレッスンでした。私は次第に自信を取り戻し、プレーヤーとしてきっと成功出来ると確信したくらいでした。しかし会話の途中で私の望みが一瞬にして消えてしまうような出来事が起こったのです。私がクラークに「私を偉大なプレーヤーにしてくれますか?」と聞くと、彼は即座に「No!」と答えたのです。がっくりした私を見てクラークは「しかし、優れたプレーヤーになるための方法を教えてあげることは出来る」と続けました。これこそがクラークなんです! たった5分ほどの会話で彼から多くを学ぶことが出来るのです。

Patty_Clarke.jpgMrs. Claude Gordonが送って来てくれたクラークの家の玄関前での記念すべき写真第1回目のレッスンは次の月曜日の朝となりました。ハリウッドにあるホテルに泊まっていた私はガソリンスタンドで自分の時計と交換にガソリンを得てクラークの家へとレッスンに向かいました。クラークに楽器を出して演奏するように言われた時、私はかなり緊張していました。私が演奏を終えてから一瞬の静寂のあと、聞こえてきたのは「う~ん」という溜息にも似た言葉でした。「君はこれまで正しいブレスをしたことがないようだね」(ワォ、この何年も、たくさんのプレーヤーや先生からお腹を突き出して吹くように言われてきたせいだ、、、)
それから彼はパワーはどのような仕組みで胸の筋肉から生み出されるかを説明し、筋肉を発達させるためのエクササイズを与えてくれ、金管演奏は運動の1つであり、プレーヤーにとって健康こそが大切だと教えてくれました。当時の私のアンブシュアの位置はひどいもので、ほとんど上唇の赤い部分で吹いていました。事実クラークに師事する前の何年かはアンブシュアを変えてばかりいたので、マウスピースを唇のどこにセットしても吹けるようになっていました。
彼は私にマウスピースを高めにセットするようすすめました。そして唇は振動する働きしかないこと、しかしマウスピースの中で振動する十分な唇がなければいけないことを徹底的に説明してくれました。その後私は気になっていたノープレッシャー奏法について恐る恐る聞いてみました。

続く....


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